銀行の封筒収集  ~ライフワーク~

 他 外国銀行

 他 外国銀行

日本国内に拠点のない外国銀行( 拠点のある銀行は、外国銀行 国内に示す )

ロイズTSB銀行(東京支店消滅)

Gresham St.Londonのロイズ銀行グループ本社:Author:Carcharoth

 ロイズ銀行は、1765年、英国バーミンガムで設立された。合併を繰り返すことにより、英国4大銀行の1つとなった。
 TSBは、1985年に議会法令により、グレートブリテンに残る全ての貯蓄銀行を、TSB銀行の下に統合して設立された。しかしながら、TSBはその起源を、1810年にダンフリーシュシャーの田舎町ルースウェルにおいて、ヘンリー・ダンカンによって創設された最初の信託貯蓄銀行にまで遡ることができる。
 ロイズTSBは1995年12月28日、ロイズ銀行とトラスティー・セービング・バンク (TSB) が経営統合で合意し、設立された。この時点で英国においては、資本金でHSBCホールディングスに次いで第2位、市場シェアでは第1位の銀行であった。ロイズTSBの誕生は、イギリス銀行市場における大規模合併の始まりであった。ロイズTSBも、この合併競争に参加し続け、2001年には大手銀行アビー・ナショナルに対する株式公開買い付けを行った。しかし、これは後に、英国競争委員会により差し止められた。
 2000年、グループは、エジンバラを拠点とする相互生命保険会社スコティッシュ・ウィドウズを70億ポンドで買収した。これによりグループは、プルーデンシャルに次いでイギリス第2位の生保・年金プロバイダー会社となった。グループは後に、セントリカからゴールドフィッシュ・フィナンシャル・サービス・グループを買収した。しかし、このブランドは後に、モルガン・スタンレーに売却されることとなった。
 2000年9月、ロイズTSBはスタンダードチャータード銀行からチャータード・トラストを6億2700万ポンドで買い取った。そして、これをブラック・ホースに商号変更し、イギリス国内において自動車金融、小売金融、個人金融を提供するロイズTSBの資産金融部門として組織した。
 設立当初、ロイズTSBはイギリスおよびヨーロッパで最大の銀行であった。しかしながら、他のイギリス銀行、とりわけロイヤルバンク・オブ・スコットランドの急成長に後れを取ることになった。スコティッシュ・ウィドウズ生命保険組合の獲得は、金額的に安くない買い物と判断された。
 2008年以降の世界不況の影響を受けた業績の悪化により、ロイズTSBは多くの海外資産を処分せざるを得ず、ブラジル及びニュージーランドの業務から撤退した。しかしその後、財政状況を回復させている。2009年、同業のHBOSを買収し、金融持ち株会社であるロイズTSBグループは、ロイズ銀行グループに改称し、TBSの名は消失した。

ロイズTSB銀行東京支店の入っていたATT新館:Author:TOKYOカオスエリアコレクション

 1975年、ロイズ銀行は日本における窓口として、東京支店を開設した。外貨預金業務のほか、海外送金サービスに注力していたが、2013年3月1日に新生銀行に営業を移管し、2013年9月30日に閉鎖した。
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ウエスト・エル・ビー・アーゲー銀行(消滅)

ウエスト・エル・ビー・アーゲー銀行東京支店の入っていた六本木ヒルズ森タワー:Rs1421
ウエスト・エル・ビー・アーゲー銀行本店:Author:Marek Gehmann

 LBは地方銀行を意味するLandesbankenに由来している。1969年1月1日に株式会社化された、北ライン川西岸州における貯蓄銀行の中央機関であった。2011年12月20日に欧州委員会によって承認された再建計画を実行した。
 日本においては、1977年に東京支店を開設し、2009年に閉鎖された。後継銀行はポーティゴン・アーゲー銀行であったが、2014年9月、銀行免許を返還した。
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オーストリア国立銀行

オーストリア国立銀行本店:Author:Gryffindor

 1816年6月1日、通貨制度の統制を目的にオーストリア初の通貨発行銀行としてオーストリア国立特別銀行 (Privilegirte Oesterreichische National-Bank) を設立。紙幣発行の独占権を得ていた。1878年、アウスグライヒを受けてオーストリア=ハンガリー銀行となった。
 1923年1月1日、ハンガリー王国の独立を受けてオーストリア国立銀行(Oesterreichische Nationalbank; OeNB)となった。
 オーストリア共和国の中央銀行であるが、1995年のEUへの加盟により、欧州中央銀行規程、国立銀行法などにより欧州中央銀行制度(ESCB)に加わり、また欧州中央銀行の傘下に置かれている。オーストリア国立銀行が欧州中央銀行制度に組み込まれたことにより、中央銀行としての多くの機能は欧州中央銀行(ECB)に移管された。欧州中央銀行制度の枠組みにおける金融政策協力において、オーストリア中央銀行の任務は、物価安定の維持が主要な目的となっている。
 オーストリアは、19世紀のオーストリア・シリング紙幣が使われていた時代から、20世紀ドイツに占領されてドイツ・ライヒスマルクを使わなければならなくなった時代。そして再びシリングの時代から、EUへの加盟によりユーロの時代となっている。封筒は、ちょうどユーロ発行の当時である2002年8月にオーストリア国立銀行に置いてあったもので、デザインに1000シリング紙幣が使用されている。裏面は、偽札の識別ポイントの解説がされている。
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エービーエヌ・アムロ・バンク・エヌ・ブイ銀行

ABNアムロ銀行本店:Author:Mig de Jong

 アムステルダム・ロッテルダム銀行(AMRO)は、1871年設立のアムステルダム銀行と、1863年設立のロッテルダム銀行が、1964年に合併して誕生した。また、ABN(Algemene Bank Nederland)は、1826年設立のNederlandsche Handel-Maatschappijと、1841年設立のトウェンテ銀行が、1964年に合併して誕生した。1991年にAMROとABNが合併してABNアムロ銀行が誕生した。前身のトウェンテ銀行とロッテルダム銀行は、英国型の植民地銀行を模範として、オランダ領東インドにおいて活動したために、東南アジアに強力な支店網を有している。その前身は、1799年に解散したオランダ東インド会社である。2007年には台湾の台東區中小企業銀行を買収し、台湾における業務拡大を行っている。
 2007年3月にバークレイズが、海外店舗網の拡充を図るため、ABNアムロに合併を提案し、一旦合意されたが、これにロイヤルバンク・オブ・スコットランド、スペインのサンタンデール・セントラル・イスパノ、ベルギーのフォルティスの3銀行が連合で、ABNアムロの株式公開買い付けを実施し、対抗買収に成功した。このため、2009年6月27日、ABNアムロ銀行東京支店は、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドに継承された。
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ВТБ銀行

参考:モスクワ市内のВТБ銀行:Author:Fouton

 1922年、ゴスバンク(旧ソ連国立中央銀行)と外資により、㈱ロシア商業銀行が設立された。外債の誘致と貿易為替業務が目的であったが、実態は個人との外貨取引等、貿易外取引に関わる金融しか行わなかった。貿易金融はゴスバンクが担っていた。
 1924年、ソ連政府がロシア商業銀行株のスウェーデン保有分をいくらか買収し、ロシア商業銀行を新設の外国貿易銀行(Vneshtorgbank)に編成した。これがВТБ(VTb)の原点である。 当時ソ連政府の対外経済政策は露亜銀行が主であったが、ほどなく清算された。
1925年、パリの北欧商業銀行を買収した。1961年1月、外国貿易銀行は、外国為替専門銀行になり政府の貿易金融を担った。1987年、ソ連対外経済関係銀行(ロシア開発銀行)になった。
 1990年10月、ロシア連邦が設立した中央銀行は、ロシア開発銀行に国家債務を移管しВТБとして再編した。1991年1月2日、正式に銀行免許が与えられた。1997年、株式を公開した。2002年、中央銀行はBTbを政府に譲渡した。2004年、リテール銀行であるグタ銀行を買収。2005年、買収したグタ銀行をВТБ24に改称した。
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メイ銀行(馬來亞銀行)

メイ銀行本店:Author:Fouton
メイ銀行本店ファサード:Author:Fouton













 1960年5月31日、OCBC出身の Khoo Teck Puatにより設立。マラヤンバンキング公開会社が持株会社となっているマレーシア最大の銀行。総資産で東アジア5位、ブルネイ、シンガポール、フィリピン、パプアニューギニア、ベトナム、インドネシア国内においても主要な銀行であり、ニユーヨーク、ロンドン、上海など20カ国に支店がある。
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CIMB銀行

CIMB銀行本店ファサード:Author:Fouton













 1924年、ウィ・ケン・チャンによって、マレーシアのクチンで、ビエンチャン銀行が設立。1935年9月17日、マレーシアのペナンでバン・ヒン・リン銀行が設立。1948年、インドネシアにてリポ銀行が設立。1955年、インドネシアにてニアガ銀行が設立。1965年、マレーシアのペナンでサザン銀行公開会社が設立。マレーシア初のATMシステムを導入。同年、ブミプトラ銀行がマレーシアで設立。プミプトラ銀行は1980年代までに、資産規模でマレーシア最大の銀行となり。ニューヨーク、ロンドン、東京、バーレーンおよびホンコンに支店を設置した。1982年、東南アジア最大の銀行となった。1972年、ユナイテッド・アジア銀行がマレーシアの支店及びインドのインド・オーバーシー銀行、インド銀行及びユナイテッド商業銀行が合併してクアラルンプルで設立された。1974年4月、ペルタニアン・バリング・三和多国籍公開会社がマレーシアのベルタニアン銀行、英国のバリングブラザーズ・マルチナショナル銀行、日本の三和銀行によって設立。1979年11月、ビエンチャン銀行は、フリーグループに買収され、コマース銀行に改称し、JPモルガンの管理方式を取り入れた。1986年、ペルタニアン・バニング・三和多国籍公開会社は、コマース・インターナショナル・マーチャント・バンカーズ(CIMB)公開会社に改称した。
 1991年11月、CIMB銀行はユナイテッド・アジア銀行を合併。持株会社をコマース・アセット・ホールディングス公開会社(CAHB)に改称。1999年10月、プミプトラ銀行とコマース銀行が合併。CAHBの下にプミプトラ・コマース銀行が誕生。2000年7月1日、政府の銀行統合政策によって、サザン銀行は、バン・ヒン・リー銀行、ユナイテッド・マーチャント・ファイナンス公開会社(サザン・ファイナンス公開会社が改称)、ペルデナ・ファイナンス公開会社、コンパカ・ファイナンス公開会社を合併。2002年、CAHBは、インドネシアのPTニアガ銀行の株式をインドネシア政府から過半数を譲受。2003年6月、CIMBイスラム銀行の設立に着手。2005年6月、CIMBはブミプトラ・コマースグループを買収。2006年9月、CIMBグループは、CIMB、ブミプトラコマース銀行、サザン銀行の合併によってリージョナルユニバーサルバンクとしての道を歩み始め、新しいロゴを発表した。2008年、中国のインコウ銀行及びタイのタイ銀行に出資。同年、インドネシアのニアガ銀行、リポ銀行を買収。同年、CIMBグループは、プリンシパル・フィナンシャルグループと折半出資して、CIMB-プリンシパル・イスラム・アセットマネージメントを設立。2009年、CIMB銀行及びCIMBイスラム銀行の本部を移設。同年5月、CIMB タイのロゴを発表。同年9月、シンガポールにてリテールバンキングを開始。2010年10月9日、カンボジアに全額出資の子会社を設立し、支店を開設。2012年、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドと、シドニー、メルボルン、香港、ソウル、台北、ロンドンおよびニューヨークでの投資銀行業務での業務提携を行った。
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パブリック銀行(大眾银行)

ペトロナスツインタワーより望むパブリック銀行(大眾银行)本店:Author:Fouton

 1966年8月6日、タンスリ・ダトースリ鄭鴻標によって設立。商業銀行。リース、ファクタリング、証券および先物仲介、認可済公用車向けの融資などの銀行・金融サービスを提供。香港、中国、スリランカ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマーに海外支店を持つ。2008年、イスラムパブリック銀行を子会社として設立。資本規模はマレーシア国内で5位、総資産額で2位である、りそな銀行と業務提携している。
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ホンリョン銀行(豊隆銀行)

ホンリョン銀行本店:Author:Fouton

 1905年、東マレーシアのサラワク州クチンにおいてLAM Ji Chiewにより Kwong Lee Mortgage & Remittanceという社名で設立。先物取引と華僑向けの本国送金サービスを行った。1934年10月26日、 Kwong Lee銀行に組織変更。1977年、ジョホール州の王族であるYang Amat Mulia Tunku Osman Ibni Tunku Temenggong AhmadがKwong Lee銀行の事業を継承し、マレー半島での事業拡大を行った。1982年1月1日、本店をクチンからクアラルンプルに移転。同年5月、MUIグループに買収された。1983年2月2日、Malayan United銀行と改名。1989年、MUI銀行に改称。1994年1月3日、ホンリョン銀行グループが、ホンリョンクレジット社(後のホンリョン・フィナンシャル・グループ)を通して、MUI銀行を買収し、ホンリョン銀行に改名。2011年5月6日、EON銀行グループを買収。香港(初のイスラム銀行)、シンガポール、カンボジアやベトナムにも出店し、全体では300支店を超えている。
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アール・エイチ・ビー銀行

アール・エイチ・ビー銀行本店:Author:Fouton

 1913年、コンイク銀行がマレーシア初の地方銀行として、クアラルンプールのオールドスクエアに設立された。1959年、マレレーシアとシンガポールのゴム工業のチャン・ミン・チェンの実業家グループがマレーシア連邦銀行を設立。翌1960年にマレーシア初の商業銀行として営業を開始。1966年、開発商業銀行(D&C銀行、後のDCB銀行)が設立された。1976年、商業銀行としてウタマ銀行が上場。1996年、マレーシア連邦銀行は、サイム・ダービー傘下に入り、サイム銀行と改称した。
 1997年7月1日、ヨンイク銀行とDCB銀行が合併し、RHB銀行となり、マレーシア三大銀行の一つとなった。1999年、サイム銀行とRHB銀行が合併し、RHB銀行グループ入りした。2003年、ウタマ銀行がRHB銀行と合併してRHB銀行グループ入りした。2005年、RHBイスラム銀行をグループ傘下に収めた。
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アム銀行

ペトロナスツインタワーより望むアム銀行本店:Author:Fouton

 1975年8月5日、創立。1976年4月1日、開業。マレーシア第6位の銀行で、特にイスラム金融に特化している。1977年、マレーシアの産業金融株式会社MIFCLの70%の株式を取得し、AMFBと改称。1986年12月、Antahホールディングス公開会社と東海銀行㈱がそれぞれ20%のグループ株式を取得。2007年5月18日、オーストラリア・ニュージーランド銀行と業務提携した。
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アライアンス銀行(安联银行)

アライアンス銀行本店ビル:Author:Fouton
アライアンス銀行本店ファサード:Author:Fouton













 1958年、デクシア・ドゥ・インドシナは、クアラルンプルのジャランプーズーのセランゴール州カントン協会ビルで初の支店を開業。1975年、デクシア・ドゥ・インドシナ・デ・スエズ(デクシアインドスエズ)に変更名称。同年、クアラルンプルのジャランラジャチュランに本店移転。1982年、マレーシアフランス銀行公開会社は、デクシアインドスエズの2地方支店を吸収した。これは、デクシアインドスエズのフランス政府による国有化と、地元の銀行の規制に準拠するためにマレーシアの銀行再構築であった。1984年、マルチパーポス・キャピタル・ホールディングス公開会社はマレーシアフランス銀行の株式の70%を取得。1996年、マルチパーポス銀行公開会社に社名を変更。1999年、マルチパーポス銀行公開会社はマレーシア政府の銀行統合における基幹銀行の一つとして選択され、インターナショナル銀行マレーシア公開会社、サバ銀行公開会社、サバ州ファイナンス公開会社、ボルトンファイナンス公開会社、アマナマーチャント銀行公開会社、ブミプトラ・マーチャントバンカース公開会社を合併。2000年、マレーシアの10大銀行の一つとなった。Mプラントはマルチパーポス銀行の70%の株式を取得した。
 2001年1月19日、アライアンス・バンキング・グループは、アライアンス銀行マレーシア公開会社(アライアンス銀行)、アライアンスファイナンス公開会社、アライアンスマーチャント銀行公開会社、アライアンス・ユニット・トラスト・マネジメント公開会社を含む7金融機関を傘下に収めロゴを発表。2004年8月1日、アライアンスファイナンス公開会社は、アライアンス・銀行と合併。2005年1月1日、Mプラントは、アライアンス・バンキング・グループの持株会社として30%の株式を取得。2006年8月、アライアンス・インベストメント・バンク公開会社(AIBB)に社名変更。同年12月、 KLCSとAIBBが合併。2007年4月、アライアンス・ユニット・トラスト・マネジメント公開会社は、アライアンス・キャピタル・アセット・マネジメント公開会社と合併し、アライアンス・インベストメント・マネジメント公開会社となった。同年6月、アライアンスイスラム銀行公開会社を、アライアンス銀行の全額出資子会社として設立。同年8月31日、アライアンス・ファイナンシャル・グループ公開会社にマレーシアプランテーション公開会社からの持株会社の社名変更に伴い、アライアンス・バンキング・グループは、主要なブランド再生運動を受け、アライアンス・ファイナンシャル・グループに改称。2008年4月1日、アライアンスイスラム銀行公開会社は、イスラム銀行業務を開始。2011年1月、アライアンス銀行、AIA 公開会社はタカフル貯蓄、保護および投資商品を提供。合弁のAIA AFGタカフル公開会社を発足。2013年1月、アライアンス銀行は、AIA AFGタカフル公開会社での30%の持分の売却を完了。 同年4月、アライアンス・インベストメント・マネジメント公開会社は、アライアンス銀行の70%の持分の売却によってグループから外れた。
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ラクヤット銀行

 1954年9月28日、協同組合法によりアゴング銀行やアペックス銀行など11金融機関が合併して設立。1967年、ケルジャサママレーシア公開会社に改称。1973年1月6日、ラクヤット銀行という呼称の使用を開始した。マレーシアで最も大きな資産規模のイスラム系の開発銀行である。
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アグロ銀行

アグロ銀行本店:Author:Fouton

 1969年9月1日、農業部門向けに特化した金融機関として設立。1970年1月1日、開業した。2007年12月、政府の資本注入により財務省傘下の政府系銀行となり、2008年4月8日、呼称を変更した。
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ベトナム外国貿易銀行

ベトナム外国貿易銀行本店:Author:244 Room / 244の部屋(本ページにのみ使用許可)

 1963年4月1日、ベトナム中央銀行の外為部門が独立して設立されたベトナム最大手の国営商業銀行である。2006年5月23日、民営化された。
 総資産ベトナム4位の銀行で、みずほフィナンシャルグループが15%を出資している。幅広い法人・個人銀行取引に加え、外国為替、 トレードファイナンス及び決済関連業務に圧倒的な強みを持ち、傘下に証券会社、資産運用会社、保険会社を抱える金融コングロマリットとして、ベトナム国内において広範な金融サービスを提供している。
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ベトナム輸出入商業合資銀行(Eximbank)

 1989年5月24日、ベトナム輸出入銀行は閣僚評議会議長によって140 / CTに従って署名され、公式にベトナム最初の合資商業銀行の1つとして設立された。 1990年1月17日、営業を開始した。
 1992年4月6日、ベトナム国家銀行総裁によって署名された免許証第11号/ NH-GPに基づき、50年に渡って運営することが許可され、当時の資本金は500億ドン(1250万米ドル相当)であった。その名称はベトナム輸出入商業合資銀行(略称ベトナム輸出入銀行)に変更された。
 自己資本比率では最大級の商業合資銀行である。207支店のネットワークを持っており、84ヶ国、869の銀行と業務提携を行っている。
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アグリ銀行

アグリ銀行本店:Author:Vu Tuan

 1988年3月26日、農村部や農業部門の開発を目的として、ベトナムの中央銀行であるState Bank of Vietnamの代理店としてVietnam Bank for Agricultural Developmentが設立された。
 1990年11月14日、英名をVietnam Bank for Agricultureに変更。1996年11月15日、Agribankに名称変更された。ベトナムの国営銀行において、最大の商業銀行である。
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セントラル・アジア銀行

セントラル・アジア銀行本店:Author:Rhmtdns

 1955年、サマランニット工場と商社がセントラル・アジア銀行(BCA)の前身である。
 1957年2月21日、ジャカルタにて、開業した。
 1997年、アジア金融危機により、インドネシア政府の援助を受け一時国有化された。2000年、株式を一般公開した。2002年、モーリシャスのFarindo Investment Limitedが過半数の株式を取得した。
 2016年、DBSを抜いて、東南アジア最大の貸出資金量となった。経営の効率化を図り、インターネットバンキングが97%を占めている。
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韓国輸出入銀行

韓国輸出入銀行本店:Author:Fouton

 1976年7月1日、韓国輸出入銀行が1,500億ウォンの資本で設立された。1986年8月31日、新本店が落成した。東京、アビジャン、サンチアゴ、ジャカルタに駐在員事務所、香港に子会社がある。本店所在地は、150-996ソウル特別市永登浦区銀行路38である。
 1979年6月19日、日本に東京事務所が開設された。


 

NH農協銀行

NH農協銀行本店:Author:Fouton

 2012年3月2日、新農協法の施行により、中央会の下に経済持株会社及び金融持株会社を置き、金融持株会社の下にNH農協銀行、NH生命保険、NH損害保険を置いた。
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農協(韓国)(消滅)

 1956年、株式会社としての農業銀行が設立。1961年8月15日、旧農協と農業銀行が合併し、全国農業協同組合連合会になった。当時は、里・洞組合、市・郡組合、中央会の3段階制であった。1981年、市・郡組合が廃止された。1995年、前年の農協法改正により、中央会の経済、金融の独立事業部制となった。
 2012年3月2日、新農協法の施行により、中央会の下に経済持株会社及び金融持株会社を置き、金融持株会社の下にNH農協銀行、NH生命保険、NH損害保険を置いた。
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郵便局(韓国)

郵政事業本部:Author:Minseong Kim

 1884年、郵政総局として設立。2000年7月1日、郵政事業、貯蓄及び保険等の金融関連事業等を情報通信部管轄から未来創造科学部に移管し、郵政事業本部を設置した。
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MGセマウル金庫

 1963年5月、政府が推奨する郷土開発事業(セマウルは新しい村という意味)の一環として、相互扶助精神をもとに慶南地域で金融協同組合ができ、韓国各地にできた。1973年3月、セマウル金庫連合会が設立。1982年12月、セマウル金庫法が制定され、翌年より施行。2011年9月、セマウル金庫中央会に改称。2013年5月、50周年を記念してCIを導入しロゴマークを変更した。
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ウェルカム貯蓄銀行

 韓国の貯蓄銀行は、金利の高い第二金融圏である。総与信の一定割合を営業区域内の個人や中小企業に貸付なければならない制約がある。
 1972年、相互信用金庫法により金融業者が政府の規制を受け制度化された。2001年、相互貯蓄銀行法に改正され、相互貯蓄銀行になった。2009年、貯蓄銀行に改称された。
 2014年5月、ウェルカムクレディラインが預金保険公社からイェシン貯蓄銀行(旧新羅貯蓄銀行 )とヘソル貯蓄銀行(旧釜山ソロモン貯蓄銀行)を買収して発足した。2014年10月、西日貯蓄銀行を吸収合併した。2017年7月、貯蓄銀行初の外国為替業務の登録となった。
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世華聯合商業銀行(消滅)

 1971年9月、第四屆世華金融聯誼會(第四回世華金融友好会)において、世界の華僑商人が台湾の経済を発展させる決意と支持を表明した。海外17ヵ国の華僑商人指導者を結ぶための金融機関の一つとして、1975年1月4日、世華銀行(世界華僑の略)として設立された。
 2002年12月31日、政府による金融改革によって、国泰金融控股を設立して、国泰・世華の両行は当フィナンシャルホールディングスの子会社となった。
 2003年10月27日、国泰銀行と世華聯合商業銀行(世華銀行)が合併し国泰世華銀行となった。
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ノヴァ・スコシア銀行(東京支店消滅)

ノヴァ・スコシア銀行本店:Author:SimonP

 1832年5月10日、英国、北アメリカ及び西インド諸島の貿易を促進するためにノヴァスコシア州のハリファックスで設立され、8月29日に開業した。1882年までは近隣諸州など限られた範囲での事業を行っていたが、西部カナダへの進出で、マニトバ州のウィニペグに支店を開いたことをきっかけに、ミネアポリスやシカゴなどを含むアメリカ中西部へと事業規模を拡大させた。1883年、PEIユニオン銀行を合併。1885年、カナダ国外最初の支店としてミネアポリスに開設。1889年、ジャマイカのキングストンにカナダの銀行として初めて支店を開設。1892年、ミネアポリス支店を閉じ、イリノイ州のシカゴに移転。同年、カナダの銀行としてはニューファンドランドに初めて進出。1899年、ボストン支店を開設した。
 1900年にはカナダ、アメリカ、ジャマイカに38の支店をもつようになり、ジャマイカ紙幣を発行。1901年、サマーサイド銀行を合併。1906年、キューバのハバナに支店を開設。1907年、ニューヨーク支店を開設。1910年、プエルトリコのサンフアンに支店を開設。1913年、ニューブランズウィック銀行を合併。1914年、メトロポリタンバンクを吸収。1919年、オタワ銀行を合併。1920年、イギリスのロンドン、ドミニカ共和国のサントドミンゴにそれぞれ支店を開設。1931年には12の支店をジャマイカに展開。カナダ国内ではアトランティック諸州とケベック州、オンタリオ州、マニトバ州に事業を展開。1931年にはハバナに3支店、ほかキューバの他都市に4支店となった。1994年、モントリオール・トラストを合併。1997年、ナショナル・トラストを合併。2005年、ギリシャ・ナショナル銀行を合併した。資産規模は、カナダ第3位の銀行であるが、国際業務はカナダ第1位である。

ノヴァ・スコシア銀行東京支店の入っていた虎ノ門ワイコービル:Author:Nikki

 日本には、1962年、東京支店を開設し、企業への融資業務、クロスボーダーの企業買収、融資業務、一部証券業務(登録金融機関業務)、顧客との為替業務、顧客からの預金受け入れ業務、金利スワップ・クロスカレンシースワップ業務、、トレードファイナンス業務を行っている。2003年12月30日、大阪支店を廃止。2013年9月、東京支店を閉鎖した。





ノヴァ・スコシア銀行クアラルンプル支店の入るMenara Boustead:Author:Fouton
ノヴァ・スコシア銀行クアラルンプル支店の入るMenera Bousteadファサード:Author:Fouton

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ユニオン銀行

 2008年12月17日、Union Bank of CaliforniaがUnion Bankに改称。2009年4月、Union Bank, N.A.に改称した。
 2010年4月17日、Tamalpais Bankを買収。2010年5月1日、Frontier Bankを買収。2012年3月12日、Pacific Capital Bancorpを買収。2014年7月1日、米国子会社を統合し、MUFG Union Bank, N.A.に改称した。
 MUFG Union Bank, N.A.は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFJ)の米国における100%子会社のMUFG Americas Holdings Corporationの完全子会社の商業銀行である。日系金融グループの在米銀行としては最大の規模である。
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カリフォルニア・ユニオン銀行(消滅:東京支店消滅)

 1864年、米国サンフランシスコにBank of Californiaが設立。1984年、三菱銀行に買収された。1988年、三菱銀行の米国法人である加州三菱銀行と合併し、Bank of Californiaとなった。
 1975年、加州東京銀行が、California First Bankに改称した。1988年、Union Bankを合併し、Union Bankとした。
 1996年4月1日、Bank of CaliforniaとUnion Bankが合併し、Union Bank of Californiaとなった。
 2006年、東京支店を閉鎖した。
 2008年12月17日、Union Bankに改称した。
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バンク・オブ・ハワイ銀行(東京支店消滅)

 1893年、ピーター・クッシュマン・ジョーンズ、ジョセフ・バラード・アサートン及びチャールズ・モンターギュ・クックによりハワイで創立され、1897年12月27日にハワイ共和国の認可を得て。1903年、カウアイ島リフェにて開業した。1922年、ファースト・バンク・オブ・ヒロを合併し、マーチャント街のフォルドの角地に本店を構えた。1931年、有限会社バンク・オブ・ハワイから、バンク・オブ・ハワイに改称した。1968年、本店をフィナンシャル・プラザ・オブ・パシフィックに移転。1979年、ロゴマークを変更。1986年、グアムのバンク・オブ・アメリカの支店を買収。1997年、パシフィック・センチュリー・フィナンシャル・コーポレーションに改称したが、2002年、バンク・オブ・ハワイに改称した。
 日本には東京支店を出店していたが、撤退した。
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ファースト・ハワイアン銀行 (東京支店消滅)

ファーストハワイアン銀行本店の入るFirst Hawaiian Center Tower:Author:PD

 ホノルルに本店を置き、ハワイ、グアム、サイパンに支店を展開するBNPパリバの100%子会社である。
 1858年8月17日、ハワイにて ビショップ・アンド・カンパニーとして設立 。1933年ビショップ・ナショナル・バンク・オブ・ハワイと改称。1969年、ファースト・ハワイアン・バンクと改称 。1998年、バンク・オブ・ザ・ウエストと合併し、持ち株会社バンクウエスト・コーポレーションが発足 。2001年、BNPパリバ が、バンクウエスト・コーポレーションを買収 。2010年12月16日、東京支店を閉鎖した。
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バンク・オブ・ザ・ウエスト銀行(東京支店消滅)

 1874年、カリフォルニア州にてファーマーズ・ナショナル・ゴールド・バンク・オブ・サン・ノゼとして設立された。1880年、ファースト・ナショナルバンク・オブ・サン・ノゼに改称。
 1987年、ロスガトス銀行を買収するなど、1980年代から90年代には、数々の銀行を買収した。アメリカの銀行でありながら日系銀行であったユナイテッド・カリフォルニア・バンク(2001年に加州三和銀行が加州東海銀行との合併により行名変更したもの)を買収した1998年、ファースト・ハワイアン銀行を合併し、持ち株会社バンクウエスト・コーポレーションが発足 。 
 2001年、BNPパリバ が、バンクウエスト・コーポレーションを買収 。2006年1月に東京駐在員事務所を開設。2010年12月16日、東京支店を閉鎖した。
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デクシア クレディ ローカル銀行(東京支店消滅)

デクシア パリ:Author:Yogi
デクシアタワー ブリュッセル:Author:samyu











 1996年に、ベルギー系のCrédit Communal de Belgiqueと、フランス系のCrédit Local de Franceが合併して誕生した。1999年に二元上場を解消し、ベルギー法人となったが、グループの拠点は主にフランスにあり、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、トルコで商業銀行を営み、ヨーロッパで20位以内に入る金融グループであった。
 日本には、2006年12月4日、千代田区丸の内2丁目に東京支店を開設した。
 2011年ギリシャ国債のデフォルト危機が起こり、ギリシャ国債の保有割合が大きいことから、株価が急落し預金取り付け騒動も起こり、資金調達難となった。2011年10月10日、フランス・ベルギー両国政府の公的支援の下、経営破綻することになった。不良債権を本体から切り離して受け皿機関に移し、これにフランス、ベルギーが政府保証を与える形を取った。東京支店は撤退した。
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